
私は17年間、生産技術として製造現場で働いてきました。
設備を作り、工程を考え、不良が出れば原因を追う。国内だけでなく海外工場でも仕事をしました。
そこから営業の仕事へ移り、今は独立してJOINTSPARKSとして活動しています。
振り返ると、かなり違う仕事をしてきたように見えます。でも自分の中では、意外と一本につながっています。
生産技術で覚えたのは「最後まで何とかすること」
量産では、設備が止まったからといって放っておけません。
不良が出れば原因を探す。必要なら測る。設備をばらす。条件を変える。関係者を巻き込む。
正解が分からなくても、出荷するために何とか前へ進めなければいけません。
この17年間で身についたのは、特定の技術だけではなく、分からない問題を最後まで追う癖だったと思います。
営業に移っても、やっていることは似ていた
営業へ移った当初は、売り方や話し方を覚えなければいけないと思っていました。
でも実際には、生産技術の経験がかなり役に立ちました。
お客様の現場へ行って、「何に困っているのか」「なぜここで止まっているのか」を聞く。そして、自分の製品だけでなく、設置方法や運用まで考える。
これは設備トラブルを解いていた頃と、かなり似ています。
営業を経験して「外」が見えるようになった
大きく変わったのは、会社の外を見るようになったことです。
工場にいた頃は、自社の設備、自社の製品、自社の課題が中心でした。
営業になると、いろいろな会社へ行き、いろいろな人と話します。同じ技術でも使い方が違い、同じ悩みでも解き方が違う。
この経験がなければ、独立して会社と会社をつなぐような仕事をしようとは考えなかったと思います。
今は「つなぐこと」が仕事になった
JOINTSPARKSでは、何か一つの製品を作ることだけを仕事にしたいとは思っていません。
現場で困っている人がいて、それを解ける技術や会社が別の場所にあるなら、そこをつなぐ。
必要なら導入まで一緒に考える。
生産技術で現場を知り、営業で外の世界を知った。その両方があったから、今の働き方になったのだと思います。

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