
製造現場にいた頃、不良を出したことがあります。
しかも、気づいたときにはすでに出荷した後でした。
検査データを見た瞬間、頭が真っ白になりました。
正直に書くと、そのとき私は逃げたいと思いました。
会社へ行きたくなかった朝
もし客先で問題になったらどうなるのか。
自分が作ったもの、自分が確認したデータです。
翌朝、会社へ行くのが本当に嫌でした。
駐車場に着いてからもしばらく車の中にいたことを覚えています。
それでも結局、問題を報告しました。
かなり怒られました。そして対象を確認し、選別し、対策を進めました。
上司も一緒に対応し、最後まで横にいました。
私を変えたのは、怒られたことではなかった
昔は「あのとき厳しく怒られたから責任感が身についた」と思っていました。
今は少し違います。
怖かったこと自体が自分を成長させたとは思いません。
一番大きかったのは、自分が出した結果から逃げられなかったことです。
自分で報告し、自分で対策し、最後まで結果を見る。
そして、失敗した私を一人にせず、上司も一緒に対応した。
そこから学んだことの方が大きかったと思います。
今でも「まあ大丈夫だろう」が怖い
この経験以降、データが少しでも気になると、もう一度確認したくなります。
測定条件は合っているか。本当にこのまま流していいのか。
計量や評価の仕事をしてきたこともありますが、それ以上に、あのときの経験が残っているのだと思います。
製造業では、小さな判断が後工程やお客様までつながります。
だから責任感というのは、精神論より「自分の判断の先まで見ること」なのかもしれません。
同じ育て方を繰り返したいわけではない
だからといって、昔のように怒鳴ったり、追い詰めたりする必要があるとは思いません。
今、自分も人に仕事をお願いする立場になって、そこはよく考えます。
任せる。でも、失敗したときに一人にはしない。
結果は本人にも見てもらう。でも、怖さで動かそうとはしない。
自分が昔の現場で学んだものの中から、残すものと残さないものを分ける。
今の自分に必要なのは、たぶんその作業なのだと思います。

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