製造現場には、その人にしか分からない仕事があります。
設備のわずかな癖。加工中の音や振動。材料の状態を見たときの違和感。長年その仕事に向き合ってきたベテランは、そうした変化を自然に感じ取り、調整してしまいます。
私は、そんな人たちの技術を心から尊敬しています。
黙々とやり切ってきた人たち
私が見てきた昔からのベテランには、多くを語らず、黙々と仕事をする人がいました。
今ほど測定や解析の手段が整っていなかった時代から、試して、失敗して、また試して。自分の手と目で設備の癖を覚え、加工技術を磨いてきたのだと思います。
「老害」という言葉を耳にすることもありますが、私は昔の人ならではの素晴らしさも忘れたくありません。粘り強く向き合うこと。何としてもやり切ろうとすること。会社や仕事に責任を持ち続けること。もちろん、すべての世代の人が同じだったわけではありませんが、私が出会ったベテランたちからは、そうした強さを感じました。
同じ苦労をさせれば、技術は伝わるのか
ただ、そのベテランと同じだけの時間をかけ、同じ苦労をすれば技術が身につくのかというと、そう簡単ではありません。
私は、技能伝承に苦戦する現場を見てきました。教える側には「自分はこうやって覚えた」という経験があります。一方、学ぶ側には、そこに至るまでの判断や試行錯誤が見えません。
「俺の背中を見て育て」という教え方では、何を見て、どこを真似すればよいのか分からないこともあります。
しかも、今は働く環境が違います。TeamsやSlackなどのチャットで次々に連絡が入り、複数の仕事を同時に進める。一つの作業にじっくり向き合う時間を確保すること自体が難しい職場もあります。
技術を身につける前に、別の仕事や会社へ移る人もいるでしょう。より良い待遇や働き方を選ぶことを責めるべきではありません。
技術が伝わらない理由を、若手の我慢や根性だけの問題にしてはいけない。私はそう考えています。
ベテランは、作業中のどこを見ているのか
そこで私が可能性を感じているのが、技術を使って技能を見えるようにする方法です。
例えば、私が取り扱っているアイトラッキングという技術。作業者の視線を記録し、どこを、どんな順番で見ているかを映像などで確認できます。
ベテランと経験の浅い人が同じ作業をしたとき、目を向ける場所やタイミングに違いがあるかもしれません。熟練者が無意識に確認しているポイントを見つけられれば、それは教えるときの手がかりになります。
さらに、作業の様子を動画に残し、重要な場面で本人に「今、何を確認していましたか」と聞いてみる。作業結果や測定データと照らし合わせれば、ただ映像を見せるだけより深い学びにつながると思います。
もちろん、視線が分かればすべての技能が分かるわけではありません。力加減や手触り、音の判断など、別の方法で確かめるべきこともあります。記録する際には本人の理解と同意も大切です。
ベテランの経験を、次の世代の財産にする
私は、ベテランが長年かけて身につけた技術を、簡単なマニュアル一冊で置き換えられるとは思っていません。
でも、その技術を持つ本人にしか分からないままにしておくのも、もったいないと思います。
昔の人と同じ苦労を、今の若い人にもう一度させる必要はないはずです。先輩たちが積み重ねてきた経験を、映像や測定、解析といった手段で少しずつ伝えられる形にしていく。そのうえで、若い人が実際に手を動かし、自分の技術にしていけばいい。
ベテランの努力を尊重することと、次の世代が学びやすい方法を考えることは、矛盾しません。
私は、技術の伝承に困っている現場でも、こうした仕組みづくりに役立ちたいと思っています。人が長い時間をかけて磨いてきた技術を、そこで終わらせたくないのです。

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