
こんにちは、JOINTSPARKSの佐藤です。
今日は「努力」について、私の感じていることを話したいと思います。
今こうして起業までたどり着いた私ですが、39歳まではずっと会社員、そして現時点でも
起業とは別の一面で、NBKマーケティングの役員として雇用という働き方となっています。
これまでの努力のかたち
17年間、私は精密機器の部品工場の製造現場で働いてきました。
わからないことがあったら、体を使って覚えてきました。目の前にトラブルがあったら駆けつけ
そのたびにホワイトボードで説明をして対策を考えて行動しました。
まさに日々「課題と対策」という繰り返しです。
よく「設備の前に立ってろ」と言われてきましたが、これの意図とすることは
機械の音、動き、生産能力、突発的な不具合(チョコ停)、そして現場の空気
そういうものを、繰り返しの経験の中で読み取る習慣を身に着けてきたいのです。
AIが登場して、現場に向き合えなくなってきた
しかし、今はAIで何でも答えが出てくる状況になると、つい何でも解を求めてしまいます。
AIを使えば、調べ物はあっという間に終わります。文章も書けます。アイデアの整理もできます。
わからないことも、聞けばすぐに答えが返ってきます。
そんな世の中で、設備に向き合って時間をかけることをするのでしょうか?
社内でシステムにデータが自動で取り込まれた状態、そこでAIを使ってレポートを瞬時に出せてしまいます。
自分はAIを使って、仕事をしている
それは時代の流れであり、作業が技術で変わってきた歴史です。
しかし、それはちゃんと使う側の理解が追いついているのかが重要です。
例えば、ある制御をするにしても、半導体で指令が決まっており、動かすものが決まっています。
すべて紐解いていけば、0と1の信号です。
自動でやってくれるという認識は合っていますが、その中身というのをどこまで理解しているのか??
それもわからずにすべてAI依存になるほど恐ろしい事はありません。
努力の方向性を間違えると、何も経験値とならない
AIを使って処理速度を上げるのと、AIを使ってより難しい問題に踏み込むのとでは、まったく話が違います。
前者は「効率化」です。確かに便利になります。でも、誰でも同じように効率化できます。
しかし後者は「思考の質を上げる」ことです。AIを道具として使いながら、自分の仕事の本質的な難しさから逃げないという考え方です。
本来ぶつかるべき壁に、ぶつかれているか。AIが便利すぎて、その壁に気づく前に片付けてしまっていないか。
これが、差がつくかどうかの分かれ目だと思っています。
現場で積み上げたものは、AIには代替できません
私がこれまで製造現場で経験してきたこと、現場の課題、そして「大丈夫です」という言葉の裏に何があるか??
そういうものは、体を通じて経験値として蓄積されてきました。
人によっては、そういったものをデータで集約化し、「誰でもできる作業」に落とし込むと言われています。
もちろん、そういった業務の共有や知識の伝承も大事です。仕事は1人への依存が高いのはリスクです。
しかし、AIがどれだけ賢くなっても、現場に立った経験そのものは持っていません。
だから、自分がAIに任せていいのは「処理」であって、「判断の核心」ではないと思っています。
そこだけは、自分が向き合い続けるしかありません。
他の人と圧倒的に差をつけたいなら
「努力しているか」じゃなくて、「努力の方向性が正しいか」を問い続けることが大事だと思っています。
時代の進化で便利なツールを使う事は良いことだと思います。むしろ使わないと時代に遅れてしまいます。
ですが、AIを使っても使わなくても、自分の仕事の本質的な難しさから逃げていないか。
それだけは製造現場の責任として、いつも自分に問いかけています。

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