佐藤 盛超
工場の中から。
そして、会社の外から。
ものづくりに関わってきました。
香港で生まれ、タイを経て日本へ。生産技術者として量産の現場を経験し、フィリピンでは仲間と一緒に生産ラインを変えてきました。現在は製造業への技術導入や、新しい用途・事業の開拓に取り組んでいます。
JOINTSPARKS 代表取締役 | 佐藤 盛超(さとう しげゆき)

「当たり前」が変わる場所で育った。
私は香港で生まれ、7歳まで暮らしました。その後はタイで3年間を過ごし、日本に来たのは10歳、小学4年生のときです。
国が変わると、言葉も生活も、周囲の人が当たり前だと思うことも変わります。そうした環境で育ったことは、今の自分の考え方にも影響しているのかもしれません。
仕事をするようになってからも、みんなが従っているやり方に疑問を持つことがありました。だからといって、自分の考えがいつも正しいわけではありません。納得できないことに出会ったとき、理由を考え、自分の目で確かめたい。それは昔から変わらないところだと思います。
量産の現場で、結果に向き合う。
社会人として最初に携わったのは、パナソニックでの量産設備や生産技術の仕事でした。光学分野を中心に、品質、工程、設備、納期。図面や会議だけでは終わらない責任のある仕事です。
若い頃は、現場の先輩たちと考えが合わず、一人で改善に取り組んだこともあります。うまくいったことばかりではありません。自分の判断で進めた結果、大きな問題になったこともありました。それでも、その後の対応から逃げず、最後まで製品を納めるために動きました。
成果を出すことの厳しさも、自分の判断に責任を持つことの重さも、この時期に学びました。そして、誰か一人が頑張るだけでは続かない仕事の難しさも、身をもって知りました。
フィリピンで、ものづくりの面白さをもう一度知った。
ミネベアミツミでは、フィリピンの工場で約2年間、現地のメンバーと生産ラインの改善に取り組みました。
当時のラインは、向かい合った作業者の間に部品が広がり、手作業が複雑に入り交じる状態でした。そこで、作業者を片側に配置し、製品が左から右へと流れるストレートラインへ組み替えていきました。
小型コンベアや傾斜を使って工程間の運搬を楽にする。軽いアルミ製の治具で部品の位置を決める。ピンセットの先端を工夫する。仕入先にも相談して、部品が同じ向きにそろった状態で届くようにする。一見小さな改善ですが、いくつも積み重ねることで、作業のしやすさも品質も生産性も変わっていきました。
改善した仕事の一例|部品の供給と位置決め
以前の作業
見直した作業
当時の改善内容を説明するための簡略図です。工程図・現場写真ではありません。
私は現地のスタッフを、指示を待つ人たちだとは思っていませんでした。彼ら自身にも考えがあり、技術があり、仕事を良くする力がある。だから、何が困っているのかを聞き、自分の提案とすり合わせながら一緒に改善していきました。
成果が出るにつれて、仕事の進め方も、人との関係も変わりました。プライベートで遊びに行くようになり、日本での試作や交流を共にする機会も生まれました。仕事で出会った仲間が、家族のように感じられる関係になったことは、今も大切な思い出です。
昨日まで難しかった仕事が、自分たちの工夫でできるようになる。その達成感を、国や立場を越えて分かち合える。私にとって、ものづくりの楽しさを強く実感した時間でした。
人か、設備か。
その二択では考えない。
フィリピンでの経験から、設備投資や自動化の価値を疑うようになったわけではありません。必要な設備は使う。ただ、どんな製品でも大きな自動機を導入すればよいとは考えていません。
特に、製品の切り替わりが速いものづくりでは、投資額、品質、生産性、変化への対応力を一緒に考える必要があります。人の工夫が生きる工程もあれば、機械に任せた方がよい工程もあります。どちらにも役割があります。
そして、自動化しても、製品の設計や工程の考え方そのものが適切でなければ、不良がなくなるわけではありません。だから私は、現場で実際に何が起きているかを見る仕事を、今も大切にしています。
つくる側の経験を、使われる場所へ。
その後、仕事の領域は、工場の中から外へ広がりました。技術を持つメーカーと、それを必要とするお客様の間に立ち、新しい用途を考え、企業に提案し、実際に使えるところまで関わる仕事です。
現在はNBKマーケティング株式会社の取締役として、さまざまな業界の大手企業を含むお客様に、技術製品の導入や運用の支援を行っています。設置方法や現場での使い勝手を考え、必要に応じてメーカーへ改善提案をすることもあります。
技術が優れていても、現場で使いにくければ価値が十分に届かない。一方で、今ある技術が、思いがけない場所で新しい役割を果たすこともあります。作る側と使う側の両方を経験してきたからこそ、そこに面白さを感じています。
製造技術から、事業を動かす仕事へ。
以下は佐藤盛超個人の職歴と実務経験です。各勤務先での活動は、JOINTSPARKSの受託実績とは区別しています。
パナソニック
光学分野の量産、生産技術、設備・工程・品質改善に従事。
ミネベアミツミ
海外工場の立ち上げ・改善。フィリピンの現地メンバーと製造ラインを改革。
NBKマーケティング
製造業向け技術製品の提案、導入・運用支援。現在は取締役として活動。
JOINTSPARKS
製造業の新しい製品・用途の提案、事業化支援、現場改善に取り組むため設立。
会社の外から、
新しい挑戦に加わる。
2025年、JOINTSPARKSを設立しました。会社や部門の枠の中だけでは、出会えなかった技術や人がいます。ある企業の技術を別の用途に活かしたり、新しい製品の構想を、試作や製造までつないだり。そういう仕事を自分の意思で始めたいと思ったからです。
主役は、製品を生み出す企業や、そこで挑戦する人たちです。私自身がすべてを作るのではなく、技術者としての経験を活かし、必要な企業や専門家とも協力しながら、アイデアが形になるところまで関わっていきたい。
同時に、ものづくりの現場そのものを良くする仕事も続けたいと思っています。品質や生産性と、そこで働く人の達成感。どちらも大切にしながら、JOINTSPARKS自身の仕事をこれから積み上げていきます。

現在の二つの活動について。
私は現在、NBKマーケティング株式会社の取締役と、JOINTSPARKSの代表取締役を兼務しています。
NBKマーケティングでは、同社の事業とお客様に責任を持って取り組んでいます。JOINTSPARKSはそれとは別の事業として運営し、NBKマーケティングのお客様・案件をJOINTSPARKSへ持ち込むことはしません。
このプロフィールで紹介した勤務先での仕事や成果は、私自身が経験してきたことであり、JOINTSPARKSという会社が受託して実施した成果ではありません。これからのJOINTSPARKSの活動については、実際に取り組んだことを、一つずつ紹介していきたいと考えています。
ものづくりは、
もっとワクワクするものである。
工夫が形になること。新しい技術の使い道を見つけること。仲間と成果を分かち合うこと。そんな仕事を、会社の枠を越えて増やしていきたいと思っています。
